カテゴリ:旅行 |
|
鈴木啓太建築設計事務所
カテゴリ
以前の記事
2012年 04月
2012年 03月 2012年 01月 2011年 12月 2011年 11月 2011年 10月 2011年 09月 2011年 08月 2011年 07月 2011年 06月 2011年 05月 2011年 03月 2011年 02月 2011年 01月 2010年 12月 2010年 11月 2010年 08月 2010年 07月 2010年 06月 2010年 05月 2010年 03月 2010年 02月 2010年 01月 2009年 12月 2009年 11月 2009年 10月 2009年 09月 2009年 08月 2009年 07月 2009年 06月 2009年 05月 2009年 04月 2009年 03月 2009年 02月 お気に入りブログ
最新のコメント
最新のトラックバック
ライフログ
検索
おすすめキーワード(PR)
ブログパーツ
ファン
|
2010年 07月 08日
![]() ビラデストで頂いた、ポテトを焼いたものがすごくおいしかったので、つくり方をお聞きしたら、「オーブンで焼いただけだよ」ということでしたので、さっそく試してみようと物産館で新ジャガを買ってトライしてみました。 オーブンで20分くらい焼いて出来上がり。すごく簡単ですごくおいしい。途中、なんとなく干からびてきて不安に思ったので、オリーブオイルを塗ってみました。本当はどうなんだろう? オーブン料理はあんまりやらないので、これからいろいろ焼いてみようと。どんなジャッガイモもおいしくなるのだろうか?
2010年 07月 08日
![]() 7月5日、6日と、かなり早めの夏休みを取って、ヴィラデスト ガーデンファームアンドワイナリーに行ってきました。 ここの農園主は、画家でエッセイストの玉村豊男さん。御夫妻は、ここに移り住んで20年になるそう。ガーデンも畑も建物も、自然の中でのんびりかたちづくられていく。お金を出せば、瞬時に何でも手に入る都市の生活とは正反対ですね。 ![]() 予約している夕食まで、ガーデンを見学させて頂きました。本当に良く手入れがされていて、散歩していてすごく気持ちがいい。 娘も大喜びでした! ![]() 今が見ごろのスモークツリー 抄恵子夫人のお気に入り 夕食は、おまかせのコース料理。新鮮な素材を生かしたシンプルな料理で、すごくおいしかったです。 自然が好きな方、ハーブやお花が好きな方、そしてお酒が好きな方、是非、足を運んでみて下さい。 ヴィラデスト ガーデンファームアンドワイナリー http://www.villadest.com/ 宿泊は、ヴィラデストのすぐ近くにある、「大田区休養村とうぶ」に宿泊しました。 お風呂は温泉で、広々していて気持ち良かったです。公立の宿泊施設に泊るのは初めてだったのでが、費用対効果がすごく良いと思いました。普通の宿に泊るより全然良いです。これからは、いろんな所で公共の宿を使ってみようと思いました。 ![]() お庭には、ラベンダー畑があって、花摘み取りの体験が出来ます。 ![]() 一面のクローバー畑で、ちょっと見ただけで四葉のクローバーを2つも見つける事が出来ました。 帰りは、天気予報によると午前中しか天気がもちそうにないので、朝早く出て、近くの「市民の森公園」に。 ここには、子供が遊べる広場や遊具があります。土曜日曜はカート遊びも出来るみたいです。 ここでくたびれるまで遊んで、後は雨が降ったら降ったでしょうがないということで、白樺湖経由で帰る事に。 すると、行くところ行くところ、晴れになる。 天気予報は、連日雨だったのですが、雨に降られたのは車の運転をしている時だけ、うちの子は晴れ女なのかもしれない。 ![]() 写真は、帰りに寄った、山中湖の白鳥さん
2009年 04月 22日
長崎県の軍艦島が今日より一般公開されるとニュースで知りました。
行動派の先生の事、お元気であれば、きっと現地にいるに違いないと思い、大学の事など懐かしく思い出しました。 私が軍艦島の事を知ったのは、東京電機大学の図書館で軍艦島実測調査資料集(阿久井喜孝、滋賀秀実 東京電機大学出版局)を見てから。 建築の密度のすごさに驚いたのと、その事があまりいやな感じに見えない不思議さを感じました。 あまり基準やなんだと、他人さまが勝手に決めた決まり事の中で街をつくると、どこかよそよそしい雰囲気になりがちですが、街のコミュニティーがきちんとできていると、こういう親しみのある、自由な雰囲気ができるのではないかなと、思ったりします。 軍艦島の事もあり、それと、ダンディーな先生の風貌にもひかれて、研究室は阿久井喜孝先生の所に入らせて頂きました。 当時は、軍艦島の研究は軍艦島実測調査資料集の編集が終わっていて、島にも入ることが出来ない状態でしたので、残念ながら軍艦島の研究のお手伝いはできませんでした。 当時の先生は、昆明の木造の研究をされていました。 当時は、そのすごさを良く分からなかったのですが、今思うとすごく楽しそうです。 私はというと、出来の悪い子でしたので、大したお役にはたてませんでした。 先生からは、丹下事務所で担当された代々木の体育館の話や、世界中のその国固有の建築お話など、建築の楽しさをお教え頂きました。 今の大学の事も気になったので、HPで調べてみると、建築学科がない????。びっくりして、調べてみると、建築学科は未来科学部に改編されていました。 阿久井喜孝先生は残念ながらいらっしゃいませんが、当時からいる先生方も何人か。 滋賀秀實先生は相変わらずカッコイイ。積田洋先生も教授になられて。設計準備室の小林千穂子女史も、すごく懐かしいです。 一応優秀な作品ということで、保存されていた私の学生時代の作品はどうなっているのだろうか・・・。 生意気だった学生時代のしろものなので、このまま闇に葬り去ってしまいたい気持ちもあったり。
2009年 03月 17日
2月27日(金)、第2回宇和島パールデザインコンテストの二次審査のため宇和島へ。
四国へ行くのも初めてだったので、周りにいろいろと見どころを聞いてみたところ、司馬遼太郎さんの街道をゆく「南伊予・西土佐の道」を読んでから行くと、「同じ風景でも趣が出てくる」とお聞きし、早速購入し行きの機内で読むことに。 当日の東京は雨。 機体は雲を抜けて雲上へ。 この景色を見ながら機体を操っている操縦士さん達は、さぞや気持ちが良いだろうなと、子供の頃にパイロットになりたかった事を思い出しました。 当時は、目が悪いとパイロットにはなれなかったのですが、今はどうなんだろう。 空を飛びたいという気持ちは、ずっと持っていたので、千葉県の「かずさアカデミアホール」の現場に常駐していた時に、富津でパラグライダーのスクールを見つけ、毎週末通っていました。 現場が終わって、徐々に足が遠のいてしまい、今は残念ながらやっていませんが、また機会があればやりたいと思っています。 ![]() 私の住んでいる本鵠沼から宇和島までは、本鵠沼→羽田空港→松山→宇和島というルートで、計5時間半!。 昼に出て、宇和島に着いたのは夕食時。 天気はあいにくの雨でした。 お腹が空いていたので、前もって調べておいた郷土料理のお店「ほずみ亭」へ直行することに。 オーダーは、鯛飯。 こちらの鯛飯は、だし汁に卵と鯛の刺身を混ぜたものを、熱々のご飯にかけて食べるスタイル。 すごくおいしいので、行かれた方は是非に。 お店の方達が気さくな方達で、食べ方などを丁寧に教えてくれます。 司馬遼太郎さんの本を読んで来たので、彼がこの街にくるたびに行く、神田川原沿いを歩いて武家屋敷のある街並みを散歩する予定ですと、お店の人に話すと、今は、あのころの風情は無いので、そういうものを見たいのであれば、卯之町の方が良いと言われました。 2月28日(土)。コンテストが昼からなので、時間まで街を散歩するために、朝早くから行動開始。まずは神田川原沿いへ。 ![]() お店の方から言われたとおり、司馬遼太郎さんの文章とはだいぶ様子が違っていました。 司馬さんの風景描写の脚色が過ぎていたのか、当時を知らない私にはなんとも言えませんが、街道を行くは1978年に連載されていたものなので、31年前!、変わっていても不思議はないですね。 下の写真は、宇和島市私立病院(設計 株式会社昭和設計) ![]() 時代とともに人や街が変わるのは当然の事と思いますが、美しいと評価される根源のようなものは、今の時代に合わせて上手に残していくことはできないものかと、建築を考える時はいつも考えています。昔は良かったでは、先人に笑われてしまいますから。 街を歩いた後は、名所めぐり 「天赦園」 七代藩主、伊達宗紀(春山)が隠居の場所として建造した池泉廻遊式庭園で、「天赦園」の名は、仙台伊達藩の祖、伊達政宗の作った漢詩 「馬上に少年過ぎ 世は平にして白髪多し 残躯は天の赦す所 楽しまずして是を如何せん」 に由来するそうです。(伊達は仙台では?という人で、興味のある方は、是非に司馬遼太郎さんの 街道をゆく「南伊予・西土佐の道」をお読みください。) 天赦園内「春山亭」 愛書家として有名な春山が書を研鑽したところだそうです。 池の畔に軽やかに佇んでいます。 冬は別として、風が良く通って気持ちが良いでしょうね。 外周の柱の背割は外部側に施されています。室内から余計なものを見せたくないという、棟梁の春山への気遣いかもしれないですね。 坂倉準三の鎌倉にある神奈川県立近代美術館もそうですが、水との関係を上手にデザインされている建物はすごく好きです。 ![]() ![]() 庭園をぶらぶらしていると、管理をされている方に、「どこから来たのですか?」と聞かれ、「神奈川です」と伝えると、「それはまた遠いところから」と。 「横浜の山下公園っていうのうがあるんですが、山下の名前の由来を知っていますか?」と聞かれ、「恥ずかしながら、知りません」と。 話によると山下公園は宇和島市出身の海運王・山下亀三郎さんによって寄贈されたそうです。 帰ってからネットでいろいろ調べてみると・・・。 山下亀三郎さんは、山下汽船(商船三井)の創業者で、船成金三人男と言われた海運王であることがわかりました。 都知事の石原慎太郎さんのお父様の、石原潔さん(愛媛県出身)は、山下汽船の社員で、慎太郎さんと裕次郎さんは、逗子にある亀三郎さんの別邸に住んだこともあるそうです。 こういう調べ物をしていると、いろんなところでいろんなものがつながっていて楽しいですね。 山下公園に話を戻すと、横浜市のHPには、寄贈の件は見当たりませんでしたが、ブログ等の書き込みでいくつか寄贈の件について触れているものがありました。今度行く機会があったら調べてみたいと思います。 「宇和島城」 前日の雨で足もとが悪い中、上り立ち門から宇和島城へ。 ![]() 鬱蒼とした木々と石積みが歴史を物語っています。 午後にコンテストのプレゼンがあるのですが、靴はどろどろ・・・。 これでステージに上がったらみっともないというより、叱られそうなので、早めに引き揚げなくてはと、急ぎ足。 ![]() ![]() 宇和島城の築城は1561年~1601年に、築城の名人とされた、藤堂高虎の設計によって行われています。当時は大半が海に面していたそうです。 今の天守は、1615年に伊達家によって修築されたものだそうです。 屋根の唐破風とファサードに配された千鳥破風のエレベーションが優雅です。 天気のせいかもしれませんが、寂しそうな感じも。 ![]() 出入口部分の自然風化による「うずくり」。経年有価。天然の材料は時とともに趣を増します。 うずくりは、特殊なブラシを使って針葉樹の、夏目(春目)を削って、冬目(年輪の部分)を浮き上がらせて、木目を美しく見せる仕上げの名称です。 ![]() 2月29日(日)「卯之町」へ 司馬遼太郎さんの街道をゆくでも絶賛されていた「卯之町」へ。 二宮敬作とシーボルト門で同窓同学の高野長英の隠れ家。・・・なんともかわいそうな残され方です。 ![]() 中之町の街並み、120年~240年の家を代々守っているそうです。日曜日で、朝早かったので、人があまりいませんでした。 酒屋さんが営業していなかったのも残念。 写真を見ていて、普通にあるものが無いのをお気づきでしょうか? そうです!電柱が無いのです!。街の人達の意気込みが感じられます。 ![]() 焼杉と漆喰と瓦屋根と青空と、綺麗ですね。 ![]() 「開明学校」 明治15年に建てられた現存する我が国最古の小学校だそうです。 街の人たちにもすごく愛されているようで、よく手入れがされています。建物も幸せそうで、生き生きとしています。年に1回、明治時代の教室も開かれているそうです。 ![]() ![]() ![]() 「坂の上の雲ミュージアム」 司馬遼太郎さんの小説から名が取られています。 入口まで行ったのですが、入る気がしなく・・・。安藤さんの建物は、生気が感じられないので苦手です。コンクリートもガラスも金属も好きな材料ではあるのですが。 ![]() 「萬翠荘」 坂の上の雲ミュージアムの奥の山の上にあります。大正11年に松山藩主の久松定謨伯爵の別邸として建てられたそうです。時代の雰囲気を漂わせる壮麗な建物。 ![]() ![]() 「松本城」 道後温泉に絶対入りたいと思っていたので、時間の都合で、リフトを使ってしまいました。歩いて登るとかなり大変そうです。 ![]() リフトを降りてからも、山登りが待っていました。左の板には、「車イス専用」の文字。 これを、車椅子で登るのかと思うと・・・。登った先にある本丸部分は、桜の名所になっているので、誰もが楽しめるようにとの配慮なんだと思います。 ![]() 松山城天守。 加藤嘉明公が1602年から築城を開始し、わが国の築城史上、最長の歳月(四半世紀)を完成までに要した四国最大の城郭で、「現存12天守」の中では、姫路城と並ぶ連立式の天守を有しているそうです。 「日本100名城」、「美しい日本の歴史的風土100選」「日本さくら名所100選(平成元年)」、「日本の歴史公園100選(平成18年)」 規模が大きいので迫力があります。堂々としていて格好が良いですね。 ![]() 松山城の入口。昔の穀物倉庫の出入口です。この石の臥梁(がりょう)は、なかなかの迫力です。石のファサードをつくるんだったら、これくらいできると良いですね。 お城も石垣も、車やクレーンが無い時代に、四半世紀かかったとはいえ、人力でよくこれだけの事ができたものだと、当時の職人さんたちに敬服するばかりです。 ![]() 天守からは、松山市が一望できます。 ![]() 「道後温泉」 市内電車で道後温泉に。どこに温泉があるのだろうかと心配になるような、普通の商店街のお出迎えを受ける。 地図を見ながら、道後温泉本館へ。 観光のパンフレットには、周辺が上手に隠されていて(下の写真のような)、この状況は完全に予想外でした。 でも、せっかく来たので、お風呂に入ることに。 ![]() ![]() 道後温泉は、明治27年の建築で、千と千尋の神隠しのモデルの一つにも使われているそうです。 チケットを見せると、2畳に3人位のスペース配分で、座布団が並んだ広間に案内されます。 「男性はここでお着換え下さい」と言われます(女性には更衣室があります)。 広間は男性専用ではないので、女性もいます。脱いでもいいけど、いいのかな?、見たくない人もいるのではないかなと・・・。 まあいいかと、浴衣に着替えてお風呂へ。お風呂はお湯加減も丁度良く、そんなに混んでもいなかったので、のんびりできました。 建物内を案内してもらえるとの事でしたので、お風呂上がりに案内を依頼して坊ちゃんの間や又新殿 (ゆうしんでん) を見せてもらいました。 坊ちゃんの間は、下の写真の柳の木の見える角の部屋で、浴衣でのんびりするには気持ちが良かったです。 気持ちが良かったので、そのまま外に出ると、普通の日常がいきなり現れる・・・。 残してあるものが立派なだけに、この風情の無さが残念でした。 この旅の一番の目的で、すごく期待をしていた事もあり、その分落差が大きかったです。 あまり期待をしていかなければ、それなりに楽しい所だと思います。 < 前のページ次のページ >
| |||||||||||||